4. 考察

4.1 臨界緯度との関連性

波打った流れ場での撹拌・混合は、臨界層における非線形な粒子のふるまいで 説明されることが多い。 波の位相速度と基本場の平均流速が同じ臨界緯度にはよどみ点が存在し、 よどみ点をつなぐ閉じた流線の捕捉領域はcat's eyeと呼ばれる (Stewartson 1978; Warn and Warn 1978)。 擾乱をともなうcat's eyeでは混合・撹拌がおこる。 Polvani and Plumb(1992)は極渦の近くのよどみ点のまわりで 混合が起きることを指摘した。極渦周辺の混合は臨界l緯度の存在によって説明することもできる(Bowman 1996)。

今回の準周期解では、流れ場はそれらのものより複雑であるが、 東西方向の波成分に分解することにより、 臨界緯度におけるよどみ点とcat's eyeによる説明が可能である。流線関数を波の各成分について調べると、波数1の臨界緯度はジェットのすぐ両側で、図4の(a)(b)双方にある三日月型のトーラスのある緯度と一致していた。またその緯度上のよどみ点は、それらの三日月型のちょうど反対側の経度に位置していた。さらに波数3波数4についての臨界緯度は、図4(b)で見られる不変トーラスの3つの島、4つの島といったもののある緯度と一致していた。

4.2 Pierrehumbert(1991)との関連性

Pierrehumbert (1991)は、2次元平面上で南北に壁がある領域に波打ったジェットを与え、 それに擾乱が加わることによりジェットが周期変動するような状況での カオス的混合を調べた。 有限時間リアプノフ指数やポアンカレ断面図を用いたその結果によれば、波打ったジェットの両側にカオス混合領域があり、 ジェット自体はそれらの領域を隔てるトーラスになっている。 またそのカオス領域の中央部にいくつかの不変トーラスが見られる。このカオス領域とトーラスの境界のところが輸送障壁になっているが、渦度場の強い水平勾配とこの障壁との間に強い関連付けは見られない。

これらの不変トーラスはジェットの両側で見られたが、 それは南北対称なチャネルの設定によるものである。図4(b)で見られる極渦の内側の中心部分や 三日月型のトーラスはそれらに対応するものと考えられる。ただし球面のジオメトリーであるために極をまわるジェットの内側にだけ存在することになる。このような障壁は準周期解でも非周期解でも見られたので、 流れの不規則性はこのような障壁の存在にとって不可欠なものではないことがわかる。

4.3 現実大気との関連性

冬季の成層圏では、対流圏から伝播してきたプラネタリー波が砕波し、極渦の外側で水平2次元的な乱流による混合が起きている(e.g. McIntyre 1989)。混合によりPVは均質化され、PVの南北方向の勾配はその混合域の縁で大きくなる。その強い勾配のために、プラネタリー波の復元力によって 極域と中緯度域の間の物質交換が妨げられ、輸送障壁が形成されると考えられている。

一方、われわれの結果では、プラネタリー波の砕波による乱れた流れがない 準周期解の中でも効率的な混合が起きており、すべての輸送障壁は必ずしもPVの強い勾配に対応しているわけではない。これらの結果は、プラネタリー波の変化が周期的に近く波どうしの 相互作用があっても小さいという状況に適用できると考えられる。また、非断熱過程や小さいスケールの3次元乱流によって等温位面を横切る流れがあると、2次元に理想化した描像からずれるので、大規模な混合過程が量的にも質的にも変化することがありうる。 すなわち、この研究で調べられた状況は、冬季の南半球の上部成層圏のそれに近い。そこでは強いジェットのため順圧不安定な状態になることが多く、対流圏からのプラネタリー波砕波が大きくないと考えられる。 ただし、この研究の結果を現実大気に応用するには、 カオス的混合に対する乱流混合の相対的重要性を見積もる必要がある。