付録 A. wave-CISK についての簡単な解説 [prev] [index] [next]

付録 A.2 伝播性増幅解の発現機構

以下では, A.1節で与えられた系において, 複素数の位相速度を生じる凝結加熱パラメタ依存性と 解の数学的構造について簡単にまとめる.

安定度縮減効果 (reduced gravity effect) と CIFK

もっとも簡単な場合として, 地面(z=0)と対流圏界面(z=D)で鉛直流がゼロという境界条件を仮定する. このとき, 加熱が無い場合の鉛直構造方程式 (A.8) は

となり, 固有モード及びその固有値として

を持つ. これより, たとえば 鉛直モード番号(鉛直波数) n が大きくなるほど ケルビン波の東進伝播速度(A.12)は小さくなることがわかる.

wave-CISK について考察する前に, CIFK について確認しておく. 雲の中では, 水蒸気が上昇運動に伴って凝結し, 潜熱を放出する. これを直接的に表現するには, その場での鉛直流に比例した加熱

を導入する(式(A.6)との違い, つまり鉛直流の位置に注意). ηの符号は, 通常, 正である. これを導入すると鉛直構造方程式 (A.8) は

となり, 最も単純な場合としてηが定数であるとすると, 加熱が無い場合の鉛直構造方程式の中の安定度Sを 実質的な安定度

で置き換えたものとなる. このとき, 固有モードの鉛直構造は加熱が無い場合(A.14)と同じであるが, 固有値は変更を受ける. すなわち, (A.15) のSを置き換えると, ηは正であるので等価深度(従ってケルビン波の位相速度)の値が小さくなる. 加熱のこの効果は安定度縮減効果 (reduced gravity effect あるいは reduced stability effect) と呼ばれる (Gill, 1982).

加熱が十分に強く, ηが1より大きくなる場合には, (A.18) のSeffが負となり, (A.15)より等価深度も負となる. このとき, 水平構造方程式においては各モードの位相速度は純虚数となり, 伝播せずに成長する不安定擾乱が存在する. この不安定擾乱は, 実質安定度 Seff が負であるという意味で, 非回転系における対流不安定と本質的に同じものであり, 水平スケールの小さい擾乱ほど大きい成長率を与える (水平スケールの小さい擾乱に対しては, 静力学近似(A.3)が破綻するが, (A.3)に鉛直加速度の項を残しておけば無限小の水平スケールに対しても 成長率は有限となる). 大気の場合, 鉛直温度勾配が湿潤断熱勾配を超えている状況は, ηが1より大きくなる場合に対応していると考えてよいだろう. 鉛直流に比例した加熱によって生じる不安定は CIFK の一つのモデルとなっていると言える. この意味で, 停滞性増幅解は CIFK 解と呼ばれる.

鉛直モード間相互作用による伝播性不安定解の出現

wave-CISK の鉛直構造方程式(A.8)は, 例えば差分法により離散化して行列の固有値問題として解くことができる. 実際にこれを実行すると, ηが下層では小さく上層では大きな値をとる場合には, 等価深度が複素数(実部・虚部とも非零)になり得ることが示せる (図A.3). このとき, 擾乱は伝播しながら増幅することになる. この様に伝播性の不安定モードが出現することが"wave"-CISK と言われる所以である. 伝播性不安定モードの発現に好適な, 上記のような加熱の鉛直分布(ηの分布)は, まさに熱帯の積乱雲による (内部の潜熱放出と鉛直熱輸送を合計した)加熱分布の特徴に似ている ことに注意しておく.

図A.3: 赤道 wave-CISK での分散関係の例. 波数(横軸)に対する複素位相速度(縦軸)の表現. 鉛直方向4層に差分化. (左) 実部. (右) 虚部.

wave-CISK でなぜ複素等価深度が生じるかは, このままでは明らかでない. しかし, 鉛直構造方程式を先の加熱を含まない鉛直構造方程式の固有モードを用いて 展開すると, 背後の数学的構造がある程度明確になる. 以下, Lau and Peng (1987), Chang and Lim (1988), Numaguti and Hayashi (1991) などによる議論をまとめて簡単に説明する.

まず, 鉛直速度と加熱を

と展開して, これらを鉛直構造方程式(A.8)に代入すると,

が得られる. Mmn は加熱により生じるモード間相互作用を表現しており, その対角成分は各モードが自分自身に及ぼすフィードバックを, 非対角成分は, 異なるモードの間の相互作用を表す.

Mmn が対角成分のみをもつ場合, 各モードの独立性は保たれるが, 自己相互作用によって安定度が実質的に変化する結果, 非加熱の場合とは異なる等価深度を持つ. 重要な点は, Mmn の符号は熱源のプロファイルによって決まっており, 等価深度が必ずしも減少する(reduced gravity effect)わけではなく, 等価深度の増大をもたらす(enhanced gravity effect)場合もあることである.

wave-CISK の最もシンプルな場合として, 加熱が鉛直第一モードと 第二モードの成分のみを持つ場合を考えよう. このとき, 相互作用するモードは鉛直第一モードと第二モードのみとなり, これらだけを取り出した鉛直構造方程式は, 整理すると,

となる. 等価深度 H が複素数となる条件は判別式が負であることより,

である. 積雲による加熱が下層で弱く上層で強い場合, 加熱の第一モードへの投影η1は正, 第二モードへの投影η2は負である. したがって, モード間相互作用係数の符号は

である. したがって, 判別式 (A.24) の第二項は負となり、 第一項の値が小さくなれば複素等価深度が生じる. この構造は, 固有値の直接表現を与え, 位相速度で議論した方がより直感的に理解できるかもしれない:

ただし, 複号は, 第一モードの解が正, 第二モードの解が負であり, c1 と c2 は, それぞれのモードの自己相互作用だけを考慮した場合の 「純」位相速度である. 凝結加熱がないとき(η1=η2=0)は, 鉛直第一モードの位相速度は鉛直第二モードの位相速度より大きい. 凝結加熱を導入すると, 鉛直第一モードに関しては, M11 は正であるので, 安定度縮減効果(reduced gravity effect)が働き, 等価深度はη1が大きいほど減少し, 当該モードの位相速度は小さくなる. 一方, 鉛直第二モードに関しては, M22は負であるので安定度増強効果(enhanced gravity effect)が働き, 等価深度は|η2|が大きいほど増加し, 当該モードの位相速度は大きくなる. 加熱を大きくするにつれ両モードの位相速度は接近し, 最後には複素等価深度が表れる(図A.4).

Fig.A.4: 加熱強度と鉛直モード相互作用.

不安定モードの鉛直構造

等価深度が複素数である場合, 固有モードの展開係数も複素数となる. これは, 第一モードと第二モードが位相のずれを伴って重ねあわされることを意味する. 実空間に戻せば, 擾乱の東西方向あるいは時間的な位相が高度によって異なることを示す. 図A.5にケルビン波に対応する鉛直構造をあげておく. 中立の第一モード, 第二モード(図A.5上段)は鉛直方向に位相のずれはないが, wave-CISK モード(図A.5下段)では, 鉛直上方に位相の西傾が見られる.

図A.5: ケルビン波に対応するモードの鉛直構造. (右上) 中立(凝結加熱無し)第一モード, (左上) 中立(凝結加熱無し)第二モード, (下) wave-CISK(凝結加熱あり) モード

 

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