付録 A. wave-CISK についての簡単な解説 [prev] [index] [next]

付録 A.3 上昇流・下降流に伴う加熱の非対称性の効果

地球の雲対流の重要な特徴として, これまで議論せずにいた, 凝結加熱と鉛直運動との関係の非対称性をあげておくべきであろう. 上昇流すなわち正の鉛直運動では水蒸気の凝結が起こり正の加熱が生じるのに対して, 通常, 雲領域を除けば, 下降流すなわち負の鉛直運動では「負の加熱」は起こらない. 負の加熱のためには凝結物(雲や雨)の蒸発が起こらなければならないが, それに必要な凝結物は, 降水過程のために速やかに除去されてしまい, 雲中を除けば, 自由大気下降流域にはほとんど存在しないからである.

湿潤大気の振る舞いのこのような鉛直流非対称性を簡単に導入したモデルとして, 熱の式の加熱項の評価(A.6)において, 上昇流 w が正である時のみ加熱が 存在する, という定式化がある (Miyahara, 1987, Lau and Peng, 1987, Yoshizaki, 1991 など). 上昇流の符号によって加熱のスイッチがon/offするという非線形性は, 無限小振幅の極限においても残るので, 実空間における解の挙動は, 個々のモードのふるまいを波数空間で調べた後に重ね合わせで記述することはできず, 実空間での方程式を初期値問題として解いて吟味するしかない. そこで, この非線型性の効果を例示するための幾つかの 初期値問題の解を以下に掲載しておく.

図A.6: wave-CISK 解の高度場の初期値時間発展解の例. (左) wave-CISK 対称加熱 (A.6) による赤道での時間発展. (中) wave-CISK 非対称加熱, すなわち, (A.6)において加熱の発生を上昇流が正のときに限定した場合の, 赤道での時間発展. (右) (中) と同じ. ただし, 非回転系. 上段は緯度経度断面, 下段は緯度高度断面. 図をクリックすると動画が現れる. 振幅は任意である. ただし, 等値線間隔ならびに色付けは, 各時刻での最大振幅で規格化していることに注意.

図A.6, ならびに, それぞれのパネルにリンクされた動画は, 静止した大気の赤道上に局在した円形の正温度偏差を初期条件とし, 伝播性増幅解を持つ加熱鉛直分布(η1=1.5, n2=-1.5)を用いて (A.1)-(A.5)の方程式系を解いた wave-CISK 解の例を示す.

図A.6(左)は, 上昇流に対するな加熱生成が対称である場合, すなわち, 加熱として(A.6)を用い, 上昇域で加熱, 下降域で冷却が生じる場合である. 擾乱は赤道上に東西に伝播する波束として成長する. 状況は, 初期擾乱を赤道波モードに投影することによって理解できる. 主な波束は, 東向きのケルビン波的構造を持つ波束と, 西向きの重力波的構造を持つ波束である. それらが分散しながら伝播しつつ成長している (ケルビン波束も wave-CISK フィードバックのために分散性を持つことに注意). 鉛直構造をみると, 上層の高圧部と下層の低圧部の場所がずれている. これは A.2節 で議論した不安定擾乱の鉛直構造の反映である. 東向きケルビン波束の位相は高度とともに西傾, 西向き重力波束の位相は東傾しているのが見て取れる.

図A.6(中央)は, 上昇流に対する加熱生成が非対称である場合, すなわち, 加熱として(A.6)を変更し, 上昇域でのみ加熱が生じるようにした場合である. 先のものと異なり, 西側につたわる波束は次第に目立たなくなる一方, 東側に伝わる波束は上昇流と加熱域からなる孤立波的な単一符号の擾乱にまとまって成長する. この振る舞いは, 自由赤道波のうち東に伝わるケルビン波のみが非分散であり 孤立波的な単一符号の擾乱の形態を維持できることの結果である. 数値計算の結果は, 波の形が単一符号で孤立的であり, その上昇流によって生成される加熱によって駆動される波の形が 元の波の形に相似的であるような不安定解が実際に存在すること示している. 分散性のある波束に対しては, 上昇域と下降域が必ず共存してしまうため, 波束に対して加熱の非対称が働き, 擾乱の形態を維持できない. この様な東西伝搬の非対称性は惑星の自転の結果である. 実際, 自転角速度をゼロとし惑星回転の効果を除去すると, 図A.6(右)に示すように, 非対称加熱の場合でも 初期擾乱から等方的に東西(南北にも)に等方的に伝播しつつ成長する不安定解が生じる. 非回転・静力学平衡近似の下では, 波の水平伝搬に異方性も分散性もないことによる.

このように, 上昇流と下降流の非対称性を組み込んだ wave-CISK の不安定擾乱は, 赤道上をコヒーレントに東進する上昇域として現れる. この特徴は, 本研究の大循環モデル実験, 特に Kuo のパラメタリゼーションを 用いた実験に現われた赤道上の降水活動の特徴と共通していることは興味深い. ただし, 大循環モデルにおいては, 本節の方程式系では陽に考慮されていない水蒸気の収支, 海面の境界層過程, 放射過程, 大気運動と加熱の比例関係が崩壊すること, さらには, 擾乱の振幅増大が基本場の構造を変化させることなどに留意しなければならない.

最後に言及の価値がある事として, 上の惑星回転がある場合(図A.6(中央))と無い場合(図A.6(右))の対比に見られる様に, 加熱生成の非対称がある場合に生じる擾乱の水平伝播特性には, 加熱非対称が無い系での擾乱の特性(分散関係)が相当程度, 引き継がれることを指摘しておく. 擾乱の水平構造(ここでは示さない. たとえば Yoshizaki(1991) を参照)についても同様のことが当てはまる. この継承性は, 加熱非対称がある系, ひいては, より複雑な大気大循環モデルや 現実大気における降水擾乱の振舞い(たとえば時空間スペクトル)を, 加熱非対称が無い系の性質(たとえば分散関係)とある程度対応付けることが 可能であることを示唆する. 実際, 観測される雲活動の時空間スペクトルと空間構造が, 加熱非対称を含まない系の赤道波の構造や分散関係と 対応していることが Takayabu(1994)Wheeler and Kiladis(1999) によって見出され, 今日, 熱帯擾乱解析の有力な枠組として受け入れられるに至っている.

 

[prev] [index] [next]