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1. はじめに

地球大気赤道域の降水活動は, 規模が大きいものから順に, Madden-Julian 振動, スーパークラスター, クラウドクラスター, 積乱雲 という構造に階層的に組織化されている (Houze and Betts, 1981; Nakazawa, 1988; Lindzen, 2003) . Hayashi and Sumi (1986) (以降 HS86) は, 地球大気を理想化したものとして, 「水惑星」大気大循環モデル(GCM)という枠組みを提出した. 東西一様, 南北対称の海面水温分布をもつ海洋に全球が被われた惑星という 理想化した設定において, 今日で言う簡略な大気大循環モデル (簡略な水循環・放射過程を有し, 分解能は緯度経度128x64, 鉛直12層) を用いて数値実験を行い, 熱帯大気に階層的な構造が存在することを見出した. すなわち, 当該モデルの格子点スケールでコヒーレントに東進する降水域, 及び, これらのモジュレーションとして30日程度の周期で東進する 波長4万キロの変動である. HS86 は前者をスーパークラスターと命名し,  また後者を Madden-Julian 振動と対応付け, これらが湿潤大気の赤道域の力学に内在される自然な降水構造であると主張した.

HS86 以降、水惑星設定での数値実験は数多く行われてきた.  (e.g., Lee et al., 2001, 2003; Yamada et al. 2005). それらの結果, 大気大循環モデル中の降水分布パターンは解像度, 数値スキーム, 物理過程の実装に強く依存し, 必ずしもHS86 で現れた様な コヒーレントに東進する格子点スケールの降水域や 波長4万キロの変動が現れるとは限らないことが分かってきている (Lee et al., 2001, 2003; Yamada et al. 2005 など). しかし, これらの依存性に関する組織だった研究は, 必要とされる計算機資源の大きさの問題もあり, 現在行われている国際水惑星比較実験 (Aqua-Planet Experiment Project APE; Blackburn and Hoskins, 2012ab; Williamson et al, 2012; Nakajima et al, 2012; ) を除いて, これまであまり行われてこなかった. この様な事情で, 大気大循環モデルで表現されるべき降水分布パターンに関する意見の一致はみられておらず, 降水分布パターンの相違をもたらす力学についての理解も未だ不十分である. この状況を打開するためには, 現実大気の再現を目指して複雑化した物理過程ではなくむしろ HS86 と同様の比較的単純な設定のもとで, ただし, HS86 の時代には困難であった広いパラメタ領域で降水分布パターン形成の多様性を 系統的に検討することが有用であると考える.

降水パターンの相違を発生させる要因のひとつとして考えるものに, 凝結加熱 の鉛直分布の差異がある. Numaguti and Hayashi (1991) は水惑星実験を実施し, HS86 のスーパークラスター, すなわち, 格子点スケールの東進降水構造の維持に wave-CISK (第二種条件付き不安定; Hayashi, 1970; Lindzen, 1974; 詳細な説明は付録 wave-CISK の基本についての解説 参照) の力学が関与すると主張した. wave-CISK の力学の発現には, 凝結加熱の鉛直分布が大きく影響する ( Lau and Peng, 1987; Numaguti and Hayashi, 2000など. なお Lindzen, 2003 による考え方への批判も参照されたい). もし, 格子点スケールの東進降水構造が wave-CISK の力学によるものであるならば, 加熱分布の鉛直構造の表現が wave-CISK の力学と協調的でない場合には, その発現は弱くなるだろう. そこで本研究では, 凝結加熱の鉛直分布を変化させる一連の水惑星実験を行い,  モデル中の格子点スケールの降水構造の特性の応答を調べた結果を, 時系列の動画を含め, 報告する.

 

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