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5. 議論とまとめ

水惑星実験における赤道上での降水活動の時空間分布とそれに伴う循環構造が, 放射冷却の鉛直分布に対してどの様に応答するかを, 簡略な大気大循環モデル(GCM)を用いて調べた. 本研究は, 水惑星実験の古典的な研究 (HS86Numaguti and Hayashi, 1991 など) の延長上に位置し, それらの研究がなされた時代には困難であったパラメタ研究を実現し, 解の振る舞いの動画表現を提供した (3.3節 ならびに 4.3節). 用いた積雲パラメタリゼーションは, これらの研究で用いられていたものと同レベルの, Kuo スキームと湿潤対流調節スキームの二種で, 今日の複雑な GCM から見ると極めて単純なものである. 地球流体力学, 特に赤道力学, の方程式系と今日的な GCM という系の中間に位置する, 簡略な GCM という系を用いたパラメタ実験を行っておくことで, 赤道上での降水活動の振る舞いを考察する上での基本的な情報を提供する ことを目指した.

分解能128x64x16の単純なGCMが表現する熱帯域の降水活動の振る舞いは, 過去の研究によって知られていた性質を再現するもので, 格子点スケールでの降水活動は東進または西進する系列として現れた (過去の研究結果との違いに関しては付録C参照). その傾向は放射冷却の鉛直分布に依存していており, 放射冷却が上層で強く, 従ってこれに呼応して積雲による加熱も上層で強い場合には, 東進する系列が卓越する傾向が見られ, wave-CISK の理論で予想される傾向に整合的な結果が得られた.

放射冷却に対する敏感度は積雲パラメタリゼーションとして Kuo スキームを 用いた場合に顕著であった. コンポジット解析で示された東進する系列の降水活動に伴う循環構造も, Numaguti and Hayashi (1991) で示されたのと同じく, 赤道ケルビン波の wave-CISK と整合的であった. 積雲パラメタリゼーションによる応答の相違もまた, 東進する構造が wave-CISK と関連することを示唆する. Kuo スキームでは, 凝結加熱を大気の水平収束(すなわち鉛直流)と 直接的に結びつける簡略な雲表現を用いており, wave-CISK 理論での定式化に非常に近い. 一方, 湿潤対流調節スキームでは, 凝結加熱の有無や符号は大気の局所的な湿度や成層に強く影響され, したがって, 大気波動に伴う運動とは独立して激しく変動し得る. 特に, 格子点スケールに近い小さいスケールにおいては 大気の運動と加熱の関係は確率的となることが想像され, 単純な線形理論である wave-CISK の枠組みからの乖離が大きくなるのも 理解し得る.

格子点スケールでの降水活動の西進する系列に関しては, 降水活動の移動速度は大気下層の東西風速に近く, また降水の場所は下層の湿った場所と対応しており, 降水活動の移動は湿度の濃淡が下層風で流されることで概ね説明できそうである.

赤道上の降水活動には, 上に述べた二つの格子点スケールの構造以外にも 赤道波の分散関係と対応する成分が3種類見出された. 一つ目は, 過去の研究(HS86 など)でも見られた, 波数1などに代表される波長の長い東進構造である. その存在理由は未だ明らかではない. 位相速度は, 格子点スケールの東進構造とほぼ同じであるが, 下層を強く冷却した実験の方が明瞭であり, 高度による位相の傾きが見られない. したがって, 伝播性不安定解としての wave-CISK の発現ではなさそうである. 構造は, 積雲加熱との相互作用により位相速度が小さくなった中立な赤道ケルビン波 (湿潤ケルビン波とも言われる; Gill, 1982) であるように見える. そもそも wave-CISK の線形論では空間スケールが大きいほど不安定性は弱い. Numaguti and Hayashi (1991) で議論された WISHE(wind induced surface heat exchange, 大規模風から海面蒸発量へのフィードバックを介した不安定メカニズム) や, Lindzen (2003) で議論された水蒸気分布の自励的構造化 のような可能性が吟味されるべく残されている. 二つ目は, 波長の長い低周波の西進擾乱であり, 等価深度の小さいロスビー波に関係しているように見える. 三つ目は, 長波長だが短周期の東進ならびに西進擾乱であり, 慣性重力波と対応しているように見える. これらもまた雲活動と相互作用する赤道波として説明できるかも知れないが, ケルビン波的な応答に比べてシグナルが取り出しにくく, 本研究では系統的な分析を行うことができなかった.

格子点スケールの東進擾乱の構造に関して, 本研究では Numaguti and Hayashi (1991) の議論に追 加する証拠をいくつかあげることができた. しかし, wave-CISK (伝播性不安定) や湿潤ケルビン波(伝播性中立解) など, 理論的記述との関係についての議論は, 憶測の範囲を超えるものではない. これらの理論は線形理論に過ぎず, 水蒸気輸送とその凝結加熱によって駆動される運動という 非線形性の高い流体現象を記述するにはまだまだ距離がある. 簡略化されたGCMといえども十分に複雑であり, Held (2005) でも主張されているように, 現象の理解のためには中間レベルのモデルによるさらなる試行が必要とされ ているのではないかと思われる.

 

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