1. 背景と目的

3 次元灰色大気構造の太陽定数依存性と暴走温室状態 Previous 1.c. 本論文で考察する問題

b. 暴走温室状態に関する過去の研究

暴走温室状態についてはこれまで主に 1 次元モデルを用いた研究がなさ れてきた. 以下ではその歴史を簡単に振り返る.

暴走温室状態の概念は次のような動的なイメージをもった定性的な議論 からスタートした. 惑星に入射する太陽放射が少し増加した場合を考える. すると表面温度が上昇するため表面からの水蒸気の蒸発が増える. 大気中の水蒸気が増大すると温室効果により更に表面温度が上がる. このような正のフィードバック効果によって表面温度及び大気中の水蒸気量は 増加し続ける可能性がある, というものである(Simpson, 1927 ; Gold, 1964 など. Goody and Young, 1989 のレビューによる). しかし, 次に述べるように, このような暴走温室状態の動的なイメージに反 して過去の研究のほとんどは平衡モデルを用いた議論しか行なっていない.

上で述べた議論は定性的な「お話」に過ぎなかったが, Komabayashi (1967), Ingersoll (1969) によって初めて暴走温室状態が定量的に議論され た. 彼らは下端で飽和した放射平衡にある成層圏を考え, 大気上端から射出される 放射量には上限があることを示した. この上限値は Komabayashi-Ingersoll 限界と呼ばれる. 太陽入射フラックスがこの値を越えたとすると, 大気は平衡に達することはで きずに温度が増加し続けていくと想像される. このような状態をもってIngersoll (1969) は「暴走温室状態の発生」と呼ん だ.

対流圏を考慮し, 非灰色の放射計算スキームを用い, かつ雲の存在を考慮した場合の計算が Pollack (1971) によってなされた. その場合でも大気が射出する放射量には上限値があることが確認されている. 更に, 原始大気を意識したものではあるが, Abe and Matsui (1988) 及び Kasting (1988) の結果は, 放射過程などを非常に精緻に取り扱った場合でも 暴走温室状態が発生することを示唆している.

積雲対流の扱い方によって暴走温室状態が発生条件がどの程度変化するか という研究もなされた. 大気が射出する放射量は温度構造と水蒸気分布によって決まっており, 更にそれは積雲対流によって影響を受けるからである. Lindzen et al. (1992) は対流モデルによっては暴走温室状態の発生が 抑制される可能性を示唆している. また, Vardavas and Carver (1985) は 1 次元平衡解を求めることにより, そして Renno et al. (1994) は時間発展問題を解くことにより, 積雲パラメタリゼーションスキームによって 暴走温室状態が発生する入射放射量 (これを暴走限界と呼ぶことにする) が変わるという議論をおこなっている.

以上の研究ではいずれも大気に入射エネルギーフラックスがある値より も大きくなると平衡状態が消失するという同様の結論を得ていた. しかし, 例えば, Komabayashi-ingersoll 限界 と Abe and Matsui (1988) が得た暴走温室状態が発生する限界値は同じメカニズムで決まっている ものなのかあるいは異なったものであるのかという点は理解されないま までいた. それぞれの研究における暴走温室状態の定義とそれらの関係は明確では なく概念の整理がなされていない状況であった. 暴走温室状態の概念に関する正しい理解は Nakajima et al. (1992) によって得られた. Nakajima et al. (1992) は, 1 次元灰色放射対流 平衡解が射出できる放射量の限界値についての考察を行った. その結果, 大気が射出する放射量には複数の制約条件(射出限界の存在) があること, 乾燥空気量や比熱の値などを地球に近いものに選ぶと 大気が射出できる放射量の最大値は 350 W/m2であることなどが 示された. Abe and Matsui (1988) および Kasting (1988) が得た海洋が平衡解消失点は対流圏の温度構造に よって規定される射出限界の値に対応していることも示された.

暴走温室状態に関する過去の主要な研究のリストについては年表を, 1 次元モデルによる議論の概要については 1 次元のまとめを参照されたい.



1.b. 暴走温室状態に関する過去の研究 3 次元灰色大気構造の太陽定数依存性と暴走温室状態 Previous 1.c. 本論文で考察する問題