結論 回転系における対流のレジームの遷移と水平スケール:2次元数値計算 バランスの検討 (7) 補遺A : 線型論による流れのレジーム

本研究では, レイリー数が 0 から 107, テイラー数が 0 から 107 の範囲で 2次元数値計算を行なった. テイラー数が小さい範囲では, テイラー数とともに水平スケールが増大しているが, テイラー数が大きいところでは, 急に水平スケールが減少する. すなわち, 水平スケールは回転数に対して極大をもつ結果が得られた. Sakai のスケーリング則によって実験結果を解釈することを試みたが, Sakai による地衡風バランスの仮定がテイラー数が小さい場合には成立しない. テイラー数が小さい場合には圧力傾度項とバランスするのは粘性項, あるいは非線型項であり, テイラー数が大きい場合には圧力傾度項とバランスするのはコリオリ項である. 粘性項あるいは非線形項が重要なパラメター領域を「粘性・慣性レジーム」, コリオリ項が重要なパラメター領域を「地衡風レジーム」とよぶことにすると, Ra = 104, 105 のときには Ta = 104 付近で, Ra = 106, 107 のときには Ta = 106 付近で, 粘性・慣性レジームから地衡風レジームへの遷移が生じた. 対流の水平スケールの増大は, 粘性・慣性レジームで生じており, Sakai による水平スケールの予想された依存性とは無関係のものである.

線型論による中立曲線上での解析によると, Ta = 2630 付近で粘性・慣性レジームから地衡風レジームへ遷移する ( 補遺A 参照). Ra = 104 のときの遷移は, 線型論に対応するものと考えられる. しかし, Ra = 106, 107 の実験は 中立状態を大きく越える領域のものであり, 明かに線型論より大きいテイラー数で遷移が生じている. このような遷移がどのようにして生じているのか予想する理論はまだない. さらに, 粘性・慣性レジームから地衡風レジームの遷移が漸近的ではなく, いったん乱流的なふるまいを経てから 急激にセル数の増大を伴うことは注目される. 粘性・慣性レジームでは流れは時間的に比較的定常的な構造を保っているが レジームが遷移するときに流れの構造が不安定になる傾向がある (ただし, レイリー数が高い場合の粘性・慣性レジームでは振動的なふるまいが生じる). このような点から, 粘性・慣性レジームの流れ分布を仮定して, その安定性を解析することでこの遷移点を求めることができる可能性がある.

さらに, 本研究では粘性レジームと慣性レジームの遷移については 詳細に検討しなかった. この点については, ロスビー数との観点で注意深く調べる必要がある. Sakai の理論はロスビー数が小さいことが前提となっている: これは移流項が小さく, 非線形が小さいことを意味する. ロスビー数(Ro)は プラントル数(Pr)に依存して変化すると考えられる. Sakai が行なった水の実験 (Pr = 7 ) では, 極大曲線あたりで Ro = 1 となり ( Sakai6) の Fig 2 の一点鎖線), この曲線よりテイラー数が大きければロスビー数は小さくなる. 本実験のパラメータである Pr = 1 だと, おそらくそれより右側ですでにロスビー数が小さいという前提は崩れている ( 図15 ). プラントル数(Pr)を変化させた実験によって, ロスビー数がどのように変化するか, またそれに応じて Sakai の理論がどの領域で妥当となるかについて 検討する必要があるだろう.

本研究で行なった実験は, 2次元領域のものであり, 分解能, パラメター領域も Sakai 理論の正当性の判定を下せるほどの 十分なものではない. しかし, 地衡風レジームへの遷移が 線型論による予想よりも大きなテイラー数で生じるということは 新たな知見であろう. また, 遷移が急激に生じることも興味深い. 2次元対流という単純なシステムであるにもかかわらず, 行なった実験範囲で多様な流れのパターンが得られた. 回転系での対流運動の包括的な理解のためには, 複雑かつ計算資源の多くを要する3次元計算だけでなく, このような2次元計算で整理することが有用であろう.


結論 回転系における対流のレジームの遷移と水平スケール:2次元数値計算 バランスの検討 (7) 補遺A : 線型論による流れのレジーム