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1. 研究の背景と目的

火星大気の熱および循環構造は 大気中に存在するダストにともなう放射加熱の影響を大きく受けることが知られている. 探査衛星によって観測された温度構造は しばしば乾燥断熱温度分布に比べ安定な構造を示してきている (例えば Lindal et al., 1979). 鉛直 1 次元放射対流モデルを用いた研究により, この原因はダストにともなう放射加熱であると理解されている (Gierasch and Goody, 1972; Pollack et al., 1979). また大気大循環モデル (General Circulation Model; GCM) によるシミュレーションにおいては, 大気中にダストがある場合の大規模 循環の強度はダストのない場合にくらべ有意に大きくなることが示されている (例えば Pollack et al., 1990).

しかしながら大気循環においてこのように重要な役割を担うダストの 存在量を予言的に計算することは, これまでのところうまくできていない. 従来の火星大気 GCM によるシミュレーションでは, 火星において特徴的な現象である全球規模のダストストーム (例えば Briggs et al., 1979) をモデル内で自己完結的に再現することには成功していない. 大気中のダストが十分多い場合には大規模場の風が強くダスト供給を維持 することができるが, 大気中にダストが存在していない, もしくは少ない場合には大規模場の風が弱く地表面での風応力が足りないため, ダストを地表面から巻き上げることができない. 大気中のダスト量が少ない状態からダスト量の多い状態へ自励的に 遷移することができないのである (Joshi et al., 1997; Wilson and Hamilton, 1996). Wilson and Hamilton (1996) は GCM では表現できていない局所的な風のゆらぎを考慮すれば, ダストの巻き上げに必要な地表摩擦を得ることができるのではないかと推測している. しかし風のゆらぎの実体については何ら言及してはいない.

そのような風のゆらぎの 1 つとして放射加熱冷却と地表面からの顕熱で駆動される 鉛直対流にともなう風が考えられる. 実際に過去の探査衛星による観測データからそのような対流の存在は指摘されている (Hess et al., 1977; Ryan and Lucich, 1983). 鉛直 1 次元モデルを用いた研究によれば, 鉛直対流の厚さはダストのない場合 9 〜 10 km (Flasar and Goody, 1976; Pollack et al., 1979), 可視光に対するダストの光学的厚さが 0.3 〜 0.5 の場合 3 〜 4 km (Savijärvi, 1991b; Haberle et al., 1993) と評価されている. しかし火星大気における鉛直対流の流れ場に注目した研究は これまでほとんど行われてこなかったため, 風の強さ, 循環構造等の鉛直対流の持つ基本的な特徴は明らかにされていない.

火星大気中の水蒸気量は非常に少なく, その凝結加熱の効果は放射加熱に比べ 無視できる (例えば Zurek et al., 1992). 主成分大気である CO2 の凝結は極域を除き考慮しなくてよい. したがって火星大気の対流は基本的には乾燥大気の対流である. 地球大気においても地表付近の高度 1 〜 2 km 内にある大気境界層では乾燥対流が生じている. しかし火星大気では対流圏全体が乾燥対流領域となる. そのような「深い」 乾燥大気対流の流れ場はこれまでほとんど調べられていないのである.

そこで本研究では, 対流の流れ場を陽に表現する数値モデルを構築し, 火星大気における鉛直対流の流れ場の様子を調べることにする. 実際には以下 2 つの場合について数値計算を行う.

  • ダストのない場合の鉛直対流計算. 注目するのは循環のパターンと風の強さ, 風による地表摩擦の大きさである. 計算された地表摩擦の大きさから, GCM では困難であったダストのない 状態でのダスト巻き上げが可能かどうかを検討する.
  • ダストのある場合の鉛直対流計算. ダストは対流の風によって巻き上げられると仮定し, ダスト混合の様子とダストの放射加熱による鉛直対流への影響を調べる.

数値モデルは空間 2 次元のモデルとする. 系を 2 次元に限定することにより, 対流プリュームを陽に表現する高い空間分解能と対流にともなう流れ場を自然に 表現できるような計算領域を確保することができる. さらに特徴的な対流構造が存在する場合, その抽出は 3 次元モデルを用いて行うよりも容易となることが期待される.


2次元非弾性系を用いた火星大気放射対流の数値計算
Odaka, Nakajima, Ishiwatari, Hayashi,   Nagare Multimedia 2001
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