1. はじめに

大気や海洋など地球流体中の大規模運動は、 地球自転と密度成層の効果によりほぼ水平で準2次元的なものとなっている (例えば、Cushman-Roisin,1994 )。 自転周期よりもゆっくりとした運動はほぼ非発散であり渦運動が卓越する。 具体例としては、大気中では、成層圏周極渦、切離低気圧、 ブロッキング高気圧など、海洋中では、亜熱帯循環、西岸境界流からの切離渦、 大洋中の中規模渦などをあげることができる。

地球流体中における渦の研究の発展のなかで、渦の変形や複数の渦の相互作用、 融合など、非線型な振舞いに今日的な興味がもたれている (例えば、Nezlin and Snezhkin,1993 )。 また、このような渦運動に伴う物質輸送・混合過程にも興味がもたれている。 例えば、成層圏オゾンホールに関連して、 冬季周極渦の変動とそれに伴う物質輸送・混合過程が詳しく調べられている ( McIntyre,1995 など)。 流れ場には秩序構造があり非一様であるので渦拡散による定式化ができない。 そこでカオス的混合( Ottino,1989 ) など新しい概念の導入が行われ、有限時間リアプノフ解析を用いて 運動学的見地から流体粒子混合を解析しようという試みがなされている ( Pierrehumbert,1991 など)。

本研究では、コンターダイナミクスモデルを用いて 2次元完全流体中の不安定な楕円渦パッチの非線型時間発展を計算し、 流体混合(特に、流体塊の伸び)の観点から解析を行う。渦パッチとは、 渦度ジャンプが境界線(コンター)上のみにありそれ以外では渦度勾配がない という離散的状況であり、コンターダイナミクスモデルは、 コンター上での線積分をもとに渦パッチ(群)の時間発展を計算するものである。 Dritschel(1989) により計算の高精度化と能率化が図られたので、 彼の論文をもとに同様のモデルを再構築し計算を行う。

渦の変形に伴うストリーマーの形成など、 渦のスケールに比べて何オーダーも細かいスケールの現象を扱おうとすると、 一般の差分モデルやスペクトルモデルではそれらの空間分解能に限界がある。 その点コンターダイナミクスモデルは、空間上の任意の点の速度場、ヤコビ行列、 流線関数などが、高い精度で求められるという大きな長所がある。 また、それらを計算するのに要する時間が格段に短いため、 様々な視点からの解析が行いやすいのもこのモデルの長所である。

初期値として力学的に不安定な楕円渦パッチを与えて、その時間発展を計算し、 その結果を用いて渦の変形とそれに伴う流体混合の解析を行う。 渦とともに回転する系から見た流線関数や有限時間リアプノフ指数を求めたほか、 パッシブなコンターの動きを追う実験もおこなって 渦の周辺領域の流体運動の様子を明らかにする。

第2節では、コンターダイナミクスや解析手法などの理論について述べる。
第3節では、用いたコンターダイナミクスモデルの説明を行う。
第4節では、不安定な楕円渦の時間発展の結果とそれに関する様々な解析結果を 示す。
第5節では、考察とまとめを述べる。


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