1. はじめに |
冬季成層圏の極渦周辺における流体混合の力学過程については、 オゾンホールの生成・消滅と関連づけて数々の研究が行なわれてきた。 極渦の縁には混合の障壁が存在し、その中に空気は閉じ込められている (Juckes and McIntyre 1987)。 極渦の外側は"surf zone"と呼ばれるロスビー波の砕波帯であり、よく混合される領域になっている (McIntyre and Palmer 1983)。 そのような準水平的な混合について、 客観解析や大気大循環モデルの流れの中での粒子の移流を調べた研究 (Bowman,1993; Pierce et al.,1993)がある。 近傍の2粒子間距離が指数関数的に増加し、空気塊が引き伸ばし・折りたたみを受けていることから、 彼らは極渦の内外でカオス的混合が起きていると結論付けた。
規則的な速度場の中であっても流体粒子の動きがカオス的になることが可能であり(Aref 1984; ラグランジュカオス)、2次元流では流れ場が周期変動するだけで効果的・不可逆な混合が可能になる。このような状況での混合をカオス的混合という。カオス的混合は、一般的な乱流中の混合とは異なる特徴を持っている。2次元非発散の流れ場は流線関数ψを用いて
(1)
と書けるが、これはハミルトンの運動方程式
(2)
と同じ形をしている。これはすなわち、カオスの諸理論において運動の状態 ( p, q ) の時間発展 について調べられてきたことを、流体粒子の位置 ( x, y ) の時間発展に応用できるということを 意味している。 Ottino (1989) はポアンカレ断面図などいくつかの手法を用いて、さまざまな種類の流れの中での 流体粒子のカオス的なふるまいを示している。 Pierrehumbert (1991) はこの概念を地球流体に応用し、 2次元のチャネルの領域で、プラネタリー波に周期変動する擾乱が加わった流れを与えて、 その中でのカオス的混合のようすを調べた。 それにつづく大気や海洋の流れを想定した研究により、プラネタリー波の中の流れでの カオス的な流体運動が明らかになっている ( Samelson 1992; Duan and Wiggins 1996 )。成層圏の大規模な流れに対しても、2次元の準周期流に理想化することにより、 そのようなハミルトニアン力学系の理論を適用することができる。 Mizuta and Yoden (2001) では、 成層圏の極渦を球面上の2次元非発散順圧モデルの準周期解に理想化し、 渦の周辺の水平方向の混合の詳細を調べた。 その結果、カオス的混合がリアプノフ指数などにより特徴づけられ、 混合領域は、東西方向の主要な波成分についての臨界緯度にあたるところに位置していた。 また同じ波のエネルギーをもつ準周期流と非周期流を比べると、 非周期流の方が高いリアプノフ指数を持っていた。 これはカオス領域に含まれる面積が増えることによるものと考えられる。 本研究では、同様の条件のもとで多数の流体粒子の動きをラグランジュ的に細かく計算し、 動画を用いて混合に至る過程を詳しくとらえた。 またポアンカレ断面図・相関次元といった、 より理想化されたモデルで用いられているような手法を用いて解析をおこなった。 さらにパラメータをわずかに変えて得られる非周期流についても、 準周期流との比較をしながら調べた。