付録1. 乱流斑点の基本的性質
 
普遍的性質
乱流斑点は矢じり型の相似形状を保ちながら下流に向かって直線的に成長する。そのスパン方向の広がり角は半角約11°であり、前縁および後縁の移動速度はそれぞれ主流の約90および50%である。後縁より上流側にはcalmed region と呼ばれる乱れがなく速度が緩やかに変化する領域が付随する(Schubauer & Klebanoff 1955)。これらの性質は様々な研究者によって普遍的であることが確認されている。詳しくはRiley & Gad-el-Hak(1985)のレヴューを参照されたい。乱流斑点が対称的な矢じり型になるのはスパン方向に一様な速度分布を持つ境界層中だけであり、Blasius流を変形させて左右非対称な流れの中で乱流斑点の構造を調べた実験(Jahanmiri et al. 1996)では、斑点の形状は対称な矢じり型にならないことが報告されている。

初期撹乱の影響
乱流斑点は層流境界層中に人工的に撹乱を与えることで容易に形成できるが、その性質は与える撹乱のタイプによらない(Wygnanski et al. 1976)と長い間思われてきた。しかし、Sheifert & Wygnanski (1995)によれば与える撹乱の持続時間を長くすると、そうでない場合に比べ、同じ流れ方向位置で計測しても斑点のスパン幅が広くなることが報告されている。ただし、成長率まで変化したとは述べられていないから、斑点が一定の広がり角で成長を開始する仮想原点が上流側に移行したものと思われる。一方、非常に弱い撹乱を与えた場合には成長の仮想原点は下流側に移行する。Breuerら(1997)は点源から微小な周期撹乱を二次元層流境界層中に与えた。この場合、撹乱は乱流斑点ではなく波束(Gaster & Grant 1975)へと成長し、その成長過程はTS波同様線形安定理論に従う。やがて成長とともに非線形性を増すと様々な周波数・波数成分が生じ、最終的にはブレークダウンが生じて乱流斑点になる。その後の過程は強い撹乱によって形成された通常の乱流斑点と特に変るところがないから、結局、初期撹乱の違いは乱流斑点の成長の仮想原点に影響を及ぼしているようである。

成長機構
ひとたび乱流斑点が形成されると、その成長は三次元的なヘアピン型の渦構造が次々と乱流-層流境界領域で形成されることにより生じ(Matsui 1980, Makita & Nishizawa 2001)、微小な波束型撹乱の線形成長から始まる乱流遷移過程に比べてずっと遷移の進行が早い。従って、いわゆる遷移の標準過程(Nishioka & Asai 1983)のような現象が斑点内部で生じているわけではなく、全く異なる機構によって乱流域が拡大していくと考えられる。しかし、その機構を理論的に明確に示した例はない。本研究ではできるだけ強い撹乱を導入して早めに乱流遷移させることを試みている。その結果生じた乱流域がどのような機構で成長するのか興味深い点である。

斑点翼端部の斜行TS波
二次元層流境界層中に形成された乱流斑点は、その翼端部上流に斜行TS波を伴うことが知られている(Wygnanski et al. 1979)。斜行TS波はレイノルズ数と流れ場の安定性に応じて増幅も減衰もする(Glezer et al. 1989)が斑点の成長そのものには寄与しない(Katz et al. 1990)。本研究においては回転円盤流中の局所乱流塊がその周囲に不安定波を誘起するかどうか、また、その不安定波の特性がTakagiら(2000)の示した不安定波のものとどのように異なるか注目すべき点である。