付録2.回転円盤流における微小撹乱の振る舞いと乱流遷移
回転円盤流の不安定性
回転円盤境界層はナヴィエ・ストークス方程式の厳密解が得られており、典型的な三次元境界層の一つであるため多くの理論的、および実験的研究によって微小撹乱の振る舞いが明らかにされている。三次元境界層が二次元の境界層と本質的に異なる点は、速度分布に変曲点を持つ横流れ成分が存在するために非粘性型の不安定性である横流れ(C-F)不安定が生じることである(Gregory et al. 1955)。C-F不安定による定在渦の発達とその崩壊による乱流への遷移は回転円盤境界層や後退翼境界層で広く観察されている(Reed & Saric 1989)。回転円盤境界層と類似した速度分布を持つEkman境界層では進行波型の不安定波も観察され、C-F不安定(TypeT)に対する第二の不安定性という意味合いからTypeU不安定と呼ばれた(Faller & Kaylor 1966)。この不安定はparallel instability などとも呼ばれ(Lilly 1966)、長い間その主たる要因が定かではなかった。Itoh(1996a)は近年、三次元境界層中には壁面に平行な面内における外部流線の曲率に起因した遠心力型の不安定性も存在することを線形安定理論によって示し、これを流線曲率(S-C)不安定と呼ぶとともに、TypeUはS-C不安定による進行波であり、後退円柱境界層や回転円盤境界層などでも同種の不安定性が生じ得ることを示した。回転円盤境界層ではS-C不安定の臨界レイノルズ数はC-F不安定の臨界レイノルズ数のおよそ1/4程度である(Itoh 1998a)ため、C-F不安定による定在渦が現れるレイノルズ数では、二つの不安定性が共存する可能性がある。ただし、S-C不安定の増幅率はC-F不安定のものに比べて小さいから、乱流遷移に寄与するのは通常C-F不安定の方である。

二つの進行波モード
一般的に、C-F不安定は周波数ゼロの縦渦型撹乱として観察されるが、線形安定理論の予測(Itoh 1998)では定在モードよりも進行波モードの増幅率のほうが高い。それにもかかわらずほとんどの実験では定在渦のみが観察され、C-F不安定による進行波は回転円盤流では観察されてこなかった。これは定在モードが表面の粗さにきわめて敏感なために自然状態で定在渦の発達を抑制することが困難(Reed & Saric 1989)なこと、C-F不安定の進行波とS-C不安定の進行波を明確に区別することが難しいことなどに起因する。特に、回転円盤流の場合は円盤の外に固定された熱線で計測すると、定在渦による流れ場の歪みが時間的な変動成分として観察されるため進行波との区別は一段と難しくなる。最近、Takagiら(2000)は点源から周期的撹乱を与える手法を用いて両不安定波の分散性の違いを利用し、かつ円盤上に固定された熱線で計測することによりC-F進行波とS-C進行波を明確に分離することに成功した。さらに、観察された不安定波の波数ベクトルや位相速度がItoh(1998b)の線形安定理論の結果とよく一致することを示した。回転円盤流においてC-F不安定による進行波が理論と整合して実験的に検出されたのはこれが最初である。

Lingwoodによる波束型撹乱の研究
回転円盤流中に二種類の進行波が存在することはLingwood(1996)によってもすでに実験的に観察されていた。彼女は円盤上に設けられた孔から微小な局所撹乱を導入して波束を形成し、これを円盤の外部に固定された座標系から熱線で計測した。その結果、波束は二種類の進行波によって構成されており、一方はレイノルズ数が低いときに、もう一方は高いときにそれぞれ支配的になること、前者の周波数は後者の周波数の2倍程度であることなどを示した。これらの性質はそれぞれS-C進行波およびC-F進行波に対応すると思われる。しかし、回転円盤流中の進行波型撹乱に対してその周波数や波数、位相速度などを正確に捉えるにはTakagiら(2000)のように円盤とともに動く座標系から計測するか、本研究のように撹乱を与える時刻における撹乱孔と計測プローブの位置関係を非常に細かい間隔でずらすしかない。Lingwoodはウェーブレット変換を用いて、円盤外部の固定座標系から観察した撹乱の周波数を求めた。しかし、彼女自身が指摘するように、撹乱の周方向波数も分からないと円盤とともに動く座標系から見た真の周波数は分からない。従って、二種類の進行波を厳密に識別できているとは言い難い。実際、彼女は線形安定理論によってbranch-1, branch-2と呼ぶ二種類の進行波の特性を調べている(Lingwood 1995)が、実験結果と理論結果を周波数や波数について比較していない。もっとも、Lingwood(1996)の実験の主たる目的は二種類の進行波を詳細に同定することではなく、絶対不安定が生じる可能性を検証することであった。