Lingwood (1995)は回転円盤流において、レイノルズ数R 510のときに群速度がゼロ、増幅率が正の撹乱が発達し得ることを線形安定理論によって示した。この種の不安定性は定位置に留まり、かつ時間的に増幅することが予想されるため層流維持という観点からは最も避けるべき不安定性である。Lingwood (1996)は絶対不安定の存在を検証するため回転円盤流中に点源撹乱を導入して波束を形成し、それが移動する様子を調べた。その結果、R 510に近づくにしたがって波束の後縁(本研究における乱流塊の内縁(図5)に相当)の移動速度が遅くなることを示した。しかし、速度がゼロになるまで追跡したわけではなく、また波束を構成する二種類の進行波の特性の違いが後縁の移動速度の変化に及ぼす影響なども考慮されていない。Itoh(2001a)は群速度を複素数のまま扱う複素特性曲線法(Itoh 1996b,1997)を用いて絶対不安定が生じるための条件を示し、この理論を回転円盤流の局所固有解に適用した(Itoh 2001b)。Itoh (2001b)によれば、絶対不安定が生じるためには複素群速度C の逆数のr方向積分値が発散する必要がある。もしLingwood(1995)が行ったように、解がr に依存しないことを仮定する局所平行流近似を用いれば、C =0を満たす特異点はそのまま積分値を発散させる。しかし、局所平行流近似を用いずに、解のr方向依存性を考慮すると、群速度C のゼロ点r =rs近傍における振る舞いが、C 〜(rs-r)1/2の場合とC 〜(rs-r)の場合の二種類に分けられ、前者ではC の逆数のr方向積分値がr =rsに近づけた極限においても有限の値に留まって、発散は生じない。これに対して後者の場合には積分が対数的に発散して絶対不安定を生じるが、これはきわめて特殊な場合であって、回転円盤流は前者に属する。つまり、局所平行流近似理論に従って正の増幅率を持つ群速度のゼロ点が得られたとしても、それは絶対不安定の必要条件にすぎず、十分条件を満たしてはいないことになる。このようなItoh(2001a,b)の理論解析に対する反論はまだ出ていないが、Lingwood(1996)の示した実験結果も決定的ではないことから、回転円盤流中の絶対不安定の可否については、今後も理論・実験双方からの精密なアプローチが必要である。
絶対不安定が果たして三次元境界層中で生じるか否かについては未だに決定的な実験結果がないことから議論は終結していない。実験を難しくしている最大の要因は定在渦の発生である。Bippes(1999)は曳航水槽中で後退平板上に非定常な撹乱を与えたところ、レイノルズ数が低いときには撹乱は流れ去って元の状態に戻るが、自然に発達する定在渦が顕著になる程度にまでレイノルズ数を上げた時に限って解釈困難で明白でない結果が得られ、絶対不安定が生じることが示されたわけではないが絶対不安定が許されるような領域の存在する可能性を否定することもできないと述べている。これと同様な困難さは本実験にも該当する(図5)。