地球・惑星流体では、さまざまな局面で鉛直対流が生じており、それぞれ重要な地学的役割を担っている。
例えば:
- 大気中の「雲対流」。大気の水循環・熱輸送の主役の一つである。
- 海洋の「チムニー」。高緯度での海面から海底に至る冷水輸送過程の実体である。
- マントル対流。地震・火山などの原動力である。
- 地球中心核の対流。ダイナモ効果により磁場を生成している。
などがある。
こうした地球・惑星の鉛直対流は往々にして大きな温度・圧力領域に渡るため、 流体中で相変化が起こる場合がある。
例えば:
- 大気中の雲対流では水蒸気の凝結・凍結が起こる。
- マントル対流は、主成分の相転位深度(約650km)をまたいで生じている。
- 火山活動は、マントル物質の融解・沸騰の結果である。
- 中心核では、主成分(鉄)が底層で固化し内核(個体核)を成長させる。
などである。すなわち、相変化は地球惑星対流の重要な共通要素である。
相変化は鉛直対流に通常の熱対流と異なる特徴を付与する。
相変化が対流の素過程に与える影響の主なものは:
- 潜熱の出入りにともなう浮力変化
- 成分変化にともなう浮力変化
- 相変化(特に凝結・昇華)した成分の非可逆的な重力分離
- 流体の粘性率などの物性値の変化
である。 こうした効果のため、相変化は地球惑星対流の構造の多様性の源でもある。
従って、多様な地球惑星対流の振舞いを理解または予言するためには、
相変化によって対流の構造はどの様に変化するか
という問題を整理しておくことが重要であると思われる。
今まで諸々の地球惑星対流は、別個の分野で互いに無関係に研究されてきた。
その理由は:
- 各々の対流の物理的・地学的設定間に差異があること。具体的には:
- 熱的駆動力に差異がある。たとえば大気は放射過程により流体内部が冷却されるが、
マントル・中心核では表面からの熱伝導が重要である。- 大気・中心核は粘性が小さいが、
マントルでは粘性が極めて大きく粘性係数の温度依存性・粘弾性効果も重要である。- 球面の効果はマントル・中心核では重要であるが、大気の雲対流では無視できる。
- 中心核は導電性であり、磁場との相互作用が重要である。
という状況があり、各々の分野で重要なものをそれぞれ優先して考察してきたこと。
- 分野間の問題意識に断絶があること。
であろう。したがって、その結果を比較検討するのは困難である。
また、相変化の導入は理論においても数値計算においても種々の困難を持ち込むため、 相変化の導入は各分野における研究の順序としては後になった。そのため、 相変化の導入以前に既に設定も対流構造も複雑になっており、 相変化を導入したことによる影響は抽出しにくい。 例えば、Glatzmaier and Roberts(1996)は鉄の相変化を導入した地球中心核の対流 計算をしているが、相変化導入による対流構造の変化はほとんど読み取れない。 球面・回転・磁場のため、相変化を導入せずとも対流構造が複雑だからである。
以上二つの事情により、過去の研究を総合しても相変化が対流の構造に及ぼす影響を 体系的に整理するための情報は得にくい。
相変化が対流の構造に及ぼす影響を体系的付けて整理するためには、 相変化以外の設定を優先して扱ってきたこれまでのアプローチとは逆に、
出来るだけ共通した単純な熱対流に近い設定
のもとで、
相変化の仕方だけによって対流の構造はどの様に異なるか を調べるというアプローチが必須であると思われる。
本研究では、対流に対する相変化の影響を上のアプローチに沿って整理する第一段階として、 まず相変化が対流の素過程に及ぼす効果を簡単にまとめた後、各々の効果が特徴的に現れる いくつかの場合について数値実験を行ない、対流構造の比較を行なう。
具体的な内容は:
- 相変化効果の素過程の簡単なレビュー。
相変化の向き・潜熱効果・分子量効果・凝結物の重力分離
の効果を概観する。- 相変化効果を変えた対流の数値実験。
共通した基本的設定は:
- 作業流体は理想気体である。
- 作業流体は「さらさら」である(粘性およびその温度変化が大きいマントル対流的状況は扱わない)。
- 主成分(非凝結成分と呼ぶ)は相変化しない。
- 相変化(凝結成分と呼ぶ)する成分は微量成分である。
- 相変化としては、気相・液相の間の凝結・蒸発のみを扱う。
- 対流は内部冷却(場合によって、さらに下面加熱)によって駆動される。
である。
実験は相変化の導入の仕方によって:
- 凝結物の重力分離の効果を調べる実験(地球の雲対流に対応する)。
- 分子量効果の影響を調べる実験(木星の雲対流に対応する)。
- 下降運動での凝結を伴う対流の様相を調べる実験(地球中心核の流体力学的アナロジーである)。
に分類される。
計算には地球大気の積雲対流用モデルを modify したものを用いる。である。
本研究における数値実験の設定は、実は体系だったパラメタースタディーを構成するものではなく、 むしろ具体的な地球惑星対流に対応しているものである。 この選択の目的は、相変化パラメターを変えてみることによって種々の地球惑星対流が一つの枠組 の中に位置付けられることを実際に示す事にある。 もちろん、相変化の対流への影響を実際に体系的付けるためには、 相変化パラメタを一つ一つうごかしてみたときの対流構造の変化について、 さらには相変化パラメタの諸々の組合せについて網羅的に調べる必要がある。 その様なサーベイの実行と、その結果に基づく理論化は将来の課題である。