本研究では、まず相変化が対流の素過程に及ぼす効果を簡単にまとめた後、 各々の効果が特徴的に現れるいくつかの場合について数値実験を行ない、 対流構造の比較を行なった。
結果の概要は以下の1〜3の通りである。
- まず上昇流において主成分より軽い成分が凝結する状況すなわち 地球の雲対流に対応する実験を行なった。 計算された対流は、狭く強い上昇流と広く弱い下降流という非対称に特徴付けられ、時間的には非定常であった。 この非対称は凝結物の重力分離を抑止した場合には生じなかった。
- 次に凝結成分が主成分より重い状況すなわち木星の雲対流に対応する実験を行なった。 計算された対流の特徴は、凝結成分が少ない場合には凝結成分が軽い場合と基本的に共通であった。 一方、凝結成分が十分に多い場合、凝結を伴う高度領域の下部に対流しない部分が生じた。 これは重い凝結成分が対流を安定化する効果による。
- 最後に、主成分より重い凝結成分が下降流で凝結する状況 すなわち地球中心核の対流に対応する実験では、 横長なセル構造をもつ定常な対流が生じた。 凝結物の重力分離による浮力供給は最下層で幅広く生じており、 系は熱フラックスを固定した熱対流に似た状況にある。
本研究における数値実験の設定は実は体系だったパラメタースタディーを 構成するものではなく、むしろ具体的な地球惑星対流に対応しているものである。 この選択の目的は、相変化パラメターを変えてみることによって種々の地球惑星対流が一つの枠組 の中に位置付けられることを実際に示す事にあった。 この目的を意識しつつ得られた結果の全体を振り返ってみると、 相変化を伴う様々な地球惑星対流が、 相変化の仕方 ---- 凝結を伴う鉛直運動の符合・凝結成分の相対的な重さなど ---- が異なる対流という枠組の中に位置付け可能であることが検証できたと言える。
このことは、 磁場・粘弾性などパラメタを導入する以前に 相変化のパラメタについてサーベイすることによって、 実際の地球惑星鉛直対流についても理解が深められる可能性を示唆する。ただしそのような応用以前に、本研究で殆んど触れなかった一つの重要な問い、すなわち 相変化のパラメタが因果的にどのように対流構造と関係しているか という問題を吟味しなければならないことは言うまでもない。 この吟味のためには実験結果の相互の詳細な比較が不可欠であるが、 本研究の数値実験群はその様な比較のためには適切とは言えない。 相変化効果の各パラメタをそれぞれ独立に変化させた数値実験群を構成する必要がある。
また、本研究の結果の適用範囲を見極めるために、 相変化以外のパラメタについての設定(粘性・熱源の分布など)の違いに対して ここで得られた対流構造の特徴がどの程度 robust であるかを調べておく必要もあろう。本研究では相変化パラメタの組合せに関して (たとえばその符合に限ったとしても)完全なサーベイをしたわけではない。 実際、例えば相対的に軽い凝結成分が下降流で凝結する場合や凝結物が上に向かって重力分離する場合 などは扱っていない。 しかし、現実に存在する地球惑星相変化対流をより広い視点から理解するためにも、 こうした現実的でないと思われる場合を含めて体系的にサーベイしておく必要があるだろう。 これは今後の課題である。
なお、本文では触れなかったが、各々の数値計算はそれぞれ地球科学・惑星科学の観点から見て 興味深い問題を含んでいる。たとえば:
- 地球の雲対流に関しては、雲が集団として数千キロスケールの大規模構造 へ組織化する問題[中島(1994)を参照]は興味深い。
- 木星の雲対流に関しては、Galileo 探査機の遠征[例えば Project Galileo Web page 参照 ]にもかかわらず水蒸気の雲に関する情報は断片的なままであるので、 その実体解明のために、 本研究で行なった様な数値モデル実験の果たす役割が大である。 また雲対流が惑星深部の対流とどのように結び付くかも重要な問題である。
- 地球中心核に関しては、本論文に示した計算は世界でも初めてのものであり、 対流の時空間構造の理解・熱的境界条件の問題などが、 今後の課題として残されたままである。
などである。これらに関してはまた場所を改めて取り上げることとしたい。
最後に、地球大気だけに注目していると一見形而上学的と感じられる設定 (分子量効果・相変化のための鉛直流の符号など)が、 惑星大気や地球内部にまで視野を広げれば現実に存在していることを強調したい。 このことは、「地球流体力学」をその出発点であった 地球の大気海洋に留まらず、惑星大気・内部の流体物理的諸問題まで含めて展開する 価値があることを示唆している。