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熱帯の積雲対流活動は東西一様に分布しているのではなく, 海大陸 (Maritime continent = インドネシアから西太平洋上) 領域で特に強い. そのような領域は「対流中心」と呼ばれている. 海大陸に対流中心ができるのは海面水温 (SST) が高いからだと説明されている.
ところが熱帯域全体の対流活動分布は地(海)表面条件だけですべて決まっているわけではない. たとえば西太平洋と東インド洋での3月の海面水温の気候値はさほど違わない (Reynolds and Smith, 1995) にもかかわらず, 3月の降水量の気候値は大きく異なる (Wallace et al, 1995).
このような降水分布の特徴を熱源応答問題の枠組みで理解しようとするアプローチがある. 対流中心における積雲対流活動を大気に対する熱源としてとらえ, この加熱に対して熱帯大気の大規模な応答を考察するのである. Hosaka et al. (1998) は3次元プリミティブモデルを用いて水惑星実験を行った. 彼らは局在する暖水域 (SST の高い領域) を赤道上に与え, 降水分布の長時間平均を観察した. その結果, 暖水域上に現れた対流中心に対し, その東側の広範な領域では降水が増加し, 西側では降水が減少するという傾向があることを見出した.
では, なぜ対流中心の東西で非対称な応答が現れるのであろうか? 計算結果によれば暖水域の東側では低圧偏差領域が広がっていた. 低圧偏差域では下層で摩擦収束による水蒸気フラックスの収束が起こり対流活動が増強されると Hosaka et al. は推察している. 一方, 暖水域の西側では高圧偏差領域が広がっており, 降水の減少と対応していた. ところが浅水流体における熱源応答問題の結果 (Gill, 1980; Heckley and Gill, 1984) から類推すると, 暖水域から東へはケルビン波, 西へはロスビー波として低圧偏差が伝播し, 暖水域の西側でも降水が増加していなければならないはずなのである.
この矛盾がどのように生じたかを調べるためには, 暖水域の導入の後で降水分布や気圧の偏差がどのような経過で確立していくかを観察する必要がある. しかし個々の降水活動は小規模かつ短寿命でランダムに発生しており, これらによって起こるノイズが時間発展の詳細を覆い隠してしまうのでその観察は容易ではない. また, 熱帯大気には季節内振動と呼ばれるグローバルかつ数十日を周期を持つ伝播性の変動が存在しており(Madden and Julian, 1972; Hayashi and Sumi, 1986), 暖水域導入時における季節内変動の位相(例えば下層風収束の極大がどの経度にあったか)によって, その後の応答が影響をうける可能性がある (Hosaka et al. 1998).
ランダムな降水活動によって生じるノイズおよび季節内変動の影響を除去して暖水域導入後の時間発展を明確に抽出するには,アンサンブル実験の手法が有効と思われる. すなわち, 同一の境界条件のもとで異なる初期条件から始めた多数の実験を行い, その結果を平均する. これにより, 降水活動によるランダムなノイズは平滑化され, また季節内変動の影響も, その位相がランダムに分布するような初期条件の集合が用意できれば, 統計的に除去することができると予想される.
以下では Hosaka etal. と同じ設定のもとで試行回数 200のアンサンブル実験を行い, 応答の時空間構造の抽出にアンサンブル平均が有効であることを示す.
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