熱対流は地球流体の重要な運動形態の一つである。ベナール対流のような実験室内の対流とは異なり、大気中での熱対流においては背景場の空間変化が対流のパターンを決めるのに重要な役割を持つ。現実大気を意識した、鉛直シアを持つ背景風中の熱対流についてはAsai(1970)など数多くの研究がある。一方、水平シア流中の熱対流についての研究は相対的に少なく、Davies-Jones(1971)[1]、Hathaway & Somerville(1987)[2]、Yoshikawa & Akitomo(2003)[3]、古川 & 新野(2006)[4]などが挙げられる程度である。Davies-Jones(1971)[1]は、非回転系において、水平方向に2次元Couette流の速度分布を持つ流れでは、軸が基本流に平行なロール状対流が卓越することを線形安定性解析により示した。Hathaway & Somerville(1987)[2]は、惑星大気を念頭におき、回転軸が鉛直方向から極向きに傾いている回転系において、東向きsin型シア流について非線形時間発展を行い、ロール状対流の軸が杉綾模様状(図1)になり、対流がシアを強化することを示した。Yoshikawa & Akitomo(2003)[3]は、Davies-Jones(1971)[1]と同様の設定での非線形時間発展を回転系について行い、セル状対流からロール状対流(軸が基本流に平行)に遷移する過程において、軸が基本流の方向から傾いたロール状対流が現れることを示した。
古川 & 新野(2006)[4]は線形シアだけでなくsin型シア流中の熱対流の時間発展についても調べており、最終的に波数1の順圧的な渦構造が形成されることを見出した点が興味深い。彼らは、エネルギー解析により、傾圧成分から順圧渦成分への運動エネルギーの変換が、この波数1の順圧成分の構造を生成・維持していると結論している。しかし、彼らの結果を見ると、順圧平均流成分から順圧渦成分へのエネルギー変換も小さくはなく、また、傾圧成分から順圧渦成分へのエネルギー変換の力学過程も明らかにされていない。よって齊藤 & 石岡(2008)[5]では、sin型シア流中の熱対流の時間発展において波数1の順圧渦が形成される力学的過程を、非線形時間発展だけでなく、線形安定性解析を行って詳細に調べ、波数1の順圧渦構造の発達に最も寄与するのは順圧不安定であるということを明らかにした。
回転系における熱対流の数値計算はHathaway & Somerville(1987)[2]を含めて天文分野でも多数行われている。近年では、太陽の差動回転の説明を目的とする研究が多く見られる。これは日震学の発展により、従来のモデルと観測の不一致が判明したためである(Miesch(2000)[7]に詳細なレビュー)。例えばHupfer etal.(2006)[8]は、太陽の対流層を想定した球殻モデルで熱対流の数値計算を行った。ただ、差動回転を意識した研究では初期場にシア流を仮定しないため、Hathaway & Somerville(1987)[2]のように水平シア流中での対流を計算し、シア流の維持機構を調べた研究は少ない。しかしそのHathaway & Somerville(1987)[2]も、シア流の加速について簡単なエネルギー解析しか行っていない。そこで本研究では、回転軸が鉛直方向から傾いた系におけるsin型シア流中での熱対流の非線形時間発展や線形安定性解析を行い、平均シア流の加速メカニズムについて詳細な解析を行う。
本論文の構成は以下の通りである。
第2章では、モデル方程式と計算設定について述べる。
第3章では、非線形時間発展の結果を記す。
第4章では、時間発展の初期場について線形安定性解析を行う。
第5章では、線形安定性解析で求めた固有モードについて解析を行う。
第6章では、考察と結論を述べる。
SAITO Naoaki