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付録 A. wave-CISK についての簡単な解説

本研究の数値実験のうち, 特に Kuo スキームを用いた数値実験において, 赤道上をコヒーレントに東進する降水構造が顕著に現れた. この東進降水構造の発現条件と特徴を説明する概念としての "赤道波wave-CISK"理論を本補足で説明しよう.

「wave-CISK」という概念は, もともとは熱帯低気圧の発達理論として Charney and Eliassen (1964) が提案した "CISK" (Conditional Instability of the Second Kind; 第二種条件付き不安定)という概念を, Hayashi (1970) が赤道域の伝播性大規模波動擾乱の発生問題に適用したものである. wave-CISK を含む CISK の最も広い定義は, 波動や渦などの大気の大規模擾乱の雲活動との協調的相互作用による発達, である. しかし, 基本的には概念モデルに過ぎず, そもそも相互作用を行う主体であるはずの雲活動や大規模擾乱の 定義が必ずしも自明ではない. 気象観測や数値シミュレーションによるデータからモデルを検証 する方法も確としたものはない. したがって, 近年の気象学者にはあまり好まれない枠組みとなってしまっている. しかし我々は, 降水活動の振る舞いの大雑把な特徴を掌握する理論として, CISK あるいは wave-CISK はいまだ有効な概念モデルなのではないか, という考えており, 少なくとも本研究で示したような簡略化された GCM での解の記述には それなりの能力を有している評価している. 以下ではこのような wave-CISK の概略をまとめておこうと思う.

ここでは, 大気下層の上昇流に比例して積雲による加熱が生じる, という Hayashi (1970) の最初の定式化に立ち返って伝播性不安定の数学的な構造を確認する. ただし, 大気の鉛直構造は単純化し, 開放端である対流圏界面のかわりに固定上端を設ける. この定式化を取り上げる理由は, 本研究で用いた積雲パラメタリゼーションの一つである Kuo スキームの振る舞いが, 後に説明するように, 本質的にこの定式化の表現に近いからである. また, wave-CISK の発展版または一般化においても, Lindzen (2003) は固定上端の存在が成長モードの存在に 寄与しすぎであると批判しているが, 伝播性不安定をもたらす数学的な構造は共通している可能性がある, と我々は想像しているからである.

なお, 「第二種条件付き不安定」という用語があるからには, 「第一種条件付き不安定」 (Conditional Instability of the First Kind; CIFK)という概念も存在する. 地球大気の鉛直温度構造は, しばしば, 水蒸気の凝結を伴う気塊の鉛直変位(湿潤断熱過程)に対しては不安定であるが, 凝結を伴わない鉛直変位(乾燥断熱過程)に対しては安定であるような状態になっている. この状態を「条件付き不安定な成層」と言う. この状況で発現する対流不安定が, 単に「条件付き不安定」(conditional instability)と呼ばれてきたのであるが, CISK の登場以後, これと明示的に区別したい場合に 「第一種」の接頭語が付加される様になったものである.

  1. 赤道波における wave-CISK
  2. 伝播性増幅解の発現機構
  3. 上昇流・下降流に伴う加熱の非対称性の効果

 

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