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3.3 赤道域での降水と循環の時間変動

前節では, 赤道上の降水活動の時空間構造が, 放射冷却の鉛直構造の違いに対して系統的に応答していることを見た. 格子点スケールでの降水イベントは連続的に発生し, 下層を強く冷却した実験 kuo_a, kuo_b では西進する系列として, 一方, 上層を強く冷却した実験 kuo_c, kuo_d では東進する系列として現れる.

そこで本節では, これらの格子点スケールの降水活動にともなう 循環構造とその時間変化を, 図3.4 に比べて高い 時間分解能(2 時間)のデータを用い, 時系列並びに動画を通して調べる. 対象としては, 4つの実験のうち kuo_a とkuo_cを 下層を冷却した実験と上層を冷却した実験の代表として選び, 降水, 比湿, ならびに循環場に注目する.

上層冷却実験 (kuo_c)

図3.6: Kuo スキームの上層冷却実験 (実験 kuo-c) における, (左) 赤道上経度時間断面図, 及び (右) 赤道上経度高度断面の時間発展 ( 右図をクリックすると動画が現れる). 左図, 右図ともに, 描画期間は 1000〜1015 日であある. 上段は降水量 (単位は [kg m-2 s-1]), 中段は対流圏下層 (σ=0.83) 比湿の東西平均からの偏差 (単位は [kg/kg]), 下段は対流圏中層 (σ=0.55) 温度の東西平均からの偏差 (単位は [K]), 矢印は風速 (大きさは右下の矢印が [54m/s, 3.6x10^-6 1/s] に対応).
図3.7: 図3.6に同じ (右図をクリックすると動画が現れる). ただし, (上段右) 高度場の東西平均からの偏差の経度高度断面 (単位は [m]), (中段) 対流圏上層 (σ=0.23) 高度場の東西平均からの偏差 (単位は [m]), (下段) 地表面気圧の東西平均からの偏差 (単位は [Pa]), である. また, 中段右ならびに下段右は緯度経度断面 であり. 矢印は水平風速, 大きさは右下の矢印がそれぞれ, [34m/s, 34m/s], [17m/s, 17m/s] に対応する.

図3.6は上層冷却実験(kuo_c)の赤道上での降水量, 水蒸気量, 温度, 風速場の 時間発展を表示したものである. 格子点スケールの降水と直結した構造として目につくのは, 格子点スケールの強い上昇流の存在である(図.3.6右中, 右下; 動画). 降水の強弱に対応して上昇流は断続的に出現するが, 降水域の東進にともない上昇域も東進している. 降水と無関係に強い鉛直流が現れるように見えることがあるが, これは赤道から少し南北に離れた場所での強い降水イベントによるものである (ここでは示さない). 温度場(図3.6下)を見ると, 降水ピークの東西に幅数千kmに広がり, 降水域の東進に伴って東進する温度偏差域が目につく. 偏差の空間構造は, 振幅の大きな対流圏中下層では, 降水域の東側で正, 西側で負であり, 下層から上層に向かって偏差の位相が西に傾いているように見える. 降水および上昇流が激しく時間変動するにもかかわらず, この温度偏差は非常にコヒーレントに構造を保ちながら東進している.

湿度偏差(図3.6中)には, この温度偏差に対応した変化, たとえば, 降水ピークの東側3000km程度にわたる下層(高度約 1-5 [km]) の乾燥域の存在とその東進, が見られるが, これとは異なる, 格子点スケールに近い小さな水平スケールを持った, 下層(1 [km] 以下)で強度の強い偏差が多数存在している. これらの小さなスケールの湿度偏差は, 降水(上昇流)に伴って強化されるようではあるが, 停滞的, ないしは, 西進する傾向を有し, 東進する降水(上昇流)に先だって, あるいは, その後も存在し, 格子点スケールの降水の場所や強度を支配しているように見える.

図3.7は上層冷却実験(kuo_c)の高度場と地表面気圧場の 時間発展を表示したものである. 上で言及した東進する温度偏差構造に対応して, コヒーレントに東進する偏差が高度場や表面気圧場にも存在している. その構造は地表面では降水域の東側で低気圧, 西側で高気圧であり, 下層から上層に向かって位相が西傾し, 上層の高度場では, 下層とは概ね逆符号の東西偏差となっている. これらの圧力偏差は赤道から南北15度程度の範囲に局在しており, また水平風の偏差は全体に東西方向の成分が卓越している. 温度や高度場(気圧場)の, コヒーレントに東進する偏差にみられるこれらの特徴は, 構造が赤道ケルビン波の性格を強く持っていることを示す.

下層冷却実験 (kuo_a)

図3.8: 図3.6に同じ (右図をクリックすると動画が現れる). ただし, Kuo スキームの下層冷却実験 (実験 kuo-a).
図3.9: 図3.7に同じ (右図をクリックすると動画が現れる). ただし, Kuo スキームの下層冷却実験 (実験 kuo-a).

赤道上の経度鉛直断面の時間変動(図3.8)には, 上層冷却実験と同様, 格子点スケールの降水と強い上昇流の対応が見られる (図.3.8右中, 右下; 動画) が, 上昇流の強度は上層冷却実験と比べかなり弱い. また, 格子点スケールの降水に伴う温度偏差の変動(図3.8下) は不明瞭である. 温度偏差の構造として目立つものは, 対流圏中層にピークをもった惑星スケール(特に波数1) の東進する波動状偏差である. これらの温度偏差の東進は図3.8(左下)に明瞭に見られ, 図.3.8(左上)の格子点スケールの降水イベントの西進傾向と 対照的である.

これに対して湿度偏差(図3.8中)には, 上層冷却の場合と同様, 大気下層(1 [km] 以下)に多数の水平スケールの小さい構造が明瞭である. 降水は時間的に断続するが, 湿度偏差はより連続的である. 格子点スケールの降水はこの湿度偏差の正の偏差域の中で生じるように見える. すなわち, 格子点スケールの降水の西進性は, この持続的な湿度偏差 によって維持されているように見える. 正の湿度偏差ならびに格子点スケールの降水域の西進速度は 大気下層の水平風速とほぼ一致しており, 格子点スケールの降水域の西進は 背景風による水蒸気移流によると説明できることを示唆する.

図3.9は上層冷却実験(kuo_c)の高度場と地表面気圧場の 時間発展を表示したものである. 図3.8 で見た東進する大規模な温度擾乱に対応した大規模な偏差が見られる. 上層冷却実験と同様, これらの偏差は赤道から南北15度程度の範囲に局在しており, 赤道ケルビン波の性格を持っていることがわかる.

 

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