3. 実験結果 (Kuo スキーム) | [prev] [index] [next] |
上層冷却実験, 下層冷却実験のいずれにおいても, 赤道上の降水活動は, 時空間的にランダムに発生しているのではなく, 東進あるいは西進する格子点スケールの降水イベントの系列として生じていた. 格子点スケールの降水活動と他の変数の間の平均的な関係を明らかにするために, 降水量の極大値に準拠したコンポジット解析を行った結果を示す. コンポジット解析の手順は Numaguti and hayashi (1991) に従う. 参照とする降水量の極大値の選択方法は 付録 B.1 に記述されている.
図3.10は上層冷却実験 (kuo-c) の東進する降水域に準拠したコンポジット構造である. 前節でもみられた, コヒーレントに東進する擾乱の構造が明瞭に現れている. 赤道上の鉛直断面(図3.10右上)では, 全体として, 上空に行くに従って西に傾く構造をしていることが見て取れる. この西傾構造は wave-CISK の不安定伝播モードの典型的な構造である. また, 正の温度偏差域は中層・上層では上昇域(降水域)と重なっている. 正の温度偏差と上昇流の重なりは位置エネルギーから運動エネルギーへの 変換を保証するものである.
水平構造(図3.10下)には, 前節でも見られた, 圧力擾乱の赤道近傍への集中が明瞭に見られる. 風速偏差場は東西成分が主であるが, 下層(図3.10左下)では降水域に向かって南北からの収束風速偏差が, 上層(図3.10右下)では降水域から南北への発散風速偏差が見られ, 東進する擾乱は純粋な赤道ケルビン波的循環構造を持っているわけではない ことがわかる. 地表面での摩擦, 上空での非線形効果の影響の他に, そもそも, 赤道変形半径より小さな領域での凝結加熱によって 駆動されていることが原因として考えられる.
これらの特徴に加え, 3.2節 に見たように 東進速度が対流圏鉛直第一モードの自由ケルビン波の速度よりかなり遅かったことを 考え合わせると, 上層冷却実験に見られる格子点スケールの降水域は, 降水と赤道ケルビン波的応答が協同的に結合したものとして解釈できる. これは概ねNumaguti and hayashi (1991) の結論を 再確認するものである (より詳細なる比較は 付録 C. 参照).
図3.11は下層冷却実験 (kuo-a) の西進する降水域に準拠したコンポジット構造である. 西進する降水域に準拠したコンポジット構造は, 東進する降水域のもの(図3.10)とは著しく異なる. 赤道上鉛直断面(図3.11右上)を見ると, 温度偏差は弱く, 格子点スケールの降水域にほとんど局在している. 上昇流も弱く, 対流圏下層から上層まで格子点スケールの降水域と重なって直立している. 温度偏差にも風速偏差にも位相の傾きは見られない. 水平断面(図3.11下)でも上層冷却実験の東進擾乱とは異なり, 水平風偏差もきわめて弱く, 降水域に対して等方的である.
ここで, 上層冷却実験の東進降水構造と下層冷却実験における西進降水構造の 格子点スケールの降水構造の強さには大差が無いことに注意しておく. すなわち, 両者の循環の強さが非常に異なる理由として, 降水の強さを持ち 出すことはできないということである. むしろ, 原因は加熱の鉛直構造の違いにあると思われる. 下層冷却実験では降水に伴う加熱は鉛直成層が強い大気下層で生じるが, 上層冷却実験では鉛直成層が弱い大気上層で生じる. 一般に熱帯大気では降水に伴う加熱と断熱冷却, すなわち鉛直成層と鉛直流の積, が近似的にバランスすることを考えると, 下層冷却実験で上層冷却実験より鉛直流が弱いことが自然に期待される.
これらの特徴に加え, 3.2節 で見たように, 西進速度が下層の東西平均東西風とおおよそ一致していることと考えあわせると, 西進降水構造はモデルで表現される最小スケールの不安定, すなわち第一種条件付き不安定(conditional instability of the first kind; CIFK) で生じた湿潤対流活動が, その発現に好適な条件を提供する正の湿度偏差とともに, 東風によって移流されたものであると考えられる.
図3.11: 図3.10に同じ. ただし西進する格子点スケール降水構造に準拠したコンポジット構造. Kuo スキームの下層冷却実験 (実験 kuo-a) の場合. |
[prev] [index] [next] |