地球の雲対流において、水蒸気の凝結は 潜熱の放出によってパーセルの温度が上がり、浮力は増加する。
しかし凝結が必ず浮力を生成するかというと、これまた 自明ではない。以下、簡単のために周囲は凝結性成分で飽和しているとして扱い、
また凝結物が浮力に与える効果は無視する。
浮力はパーセルの密度と周囲(パーセルと同じ圧力とする)の密度の差で決まるが、 密度は温度と成分の関数である ことに注意しなければならない。 凝結の潜熱によってパーセルの温度が上がるとき、 凝結成分の飽和蒸気圧も高くなるので、凝結成分の混合比が増す。 この際、凝結成分が相対的に「重い」(凝結成分の分子量が主成分の分子量より大きい)場合には、 温度効果と成分効果が競合する。
縦軸:密度(Kg・m-3),
横軸:温度(K)
実線:飽和気塊の密度
点線:乾燥気塊の密度
下から上へ全圧 10000 Pa 〜 100000 Pa。
実際に木星型惑星大気(分子量 2.25)中に水蒸気(分子量 18)が飽和している 場合について、圧力一定に保ちつつ温度を変えたときの密度変化を計算してみると、 右図の様になる。 この図の高温側では温度が上がる程密度が大きくなっており、成分変化の効果が勝っている。
浮力が正(または負)になる条件を調べて見ると[Guillot(1995)] (詳細はこちら)、
- mv < mn なら浮力は必ず正
- mv > mn でも飽和混合比 qvsat が十分小さければ浮力は正
- mv > mn かつ
(2) のとき、浮力は負
なお、(2)の右辺は凝結成分のモル凝結エントロピー Scond = LR/TRv [ただし R は普遍気体定数]を用いると、
qc = [ mv / ( mv - mn ) ] [ R / Scond ]
と書ける。
なお、上の議論はパーセルと周囲の温度差は無限小と していたが、有限の温度差を考える 場合には、上の考察で浮力が負の条件であっても、パーセルの浮力は正に なり得る。
実際の惑星大気においては:
- 地球では、水蒸気の分子量(18)が空気の分子量(29)より小さいので、周囲より高温のパーセルの浮力は常に正である。
- 木星型惑星では、主成分(水素・ヘリウム)の分子量が小さいので、周囲より高温のパーセルの浮力が負になる可能性がある。
である。表2に定量的に木星型惑星の主成分のもとで代表的凝結物質の qc (概略値)と存在度を示す。 これより、天王星・海王星のメタンの雲は浮力が負になる可能性があることがわかる。
表2:代表的凝結物質の木星型惑星での qc の概略値と 存在度。 大気深層での存在度は「太陽系標準」と同程度と期待される。 凝結物質 qc 木星 土星 天王星 海王星 太陽系標準 H2O 0.057 ? ? ? ? 0.015 NH3 0.104 0.004 0.002 ? ? 0.002 CH4 0.112 0.048 0.072 0.368 0.24 0.006 凝結気塊の浮力が負となる状況での雲対流の様相は、地球の雲対流などとは 非常に違う可能性がある。