粉体層上の動摩擦係数測定実験とその流体力学的考察

はじめに

1980年5月18日、アメリカ西部ワシントン州のセントヘレンズ山の噴火に於いて火山学者が予想し得なかった火山現象が発生した(図1)。水蒸気爆発に伴い崩落した北側の山体が、35m/sもの速度で流走し、10分足らずの間に28kmの距離にまで達したのである(Voight et al., 1981)。このような、 大規模で高速な山体の崩壊現象を岩屑なだれと呼ぶ(宇井, 1987)。

岩屑なだれは、細かく破砕された岩片だけによって構成されているわけではなく、内部には給源での構造が保持されている巨大な岩塊も含まれている。上に挙げたセントへレンズ山の岩屑なだれでは大きいもので直径 170mに達するものが確認されている(Voight et al., 1981)。さらに、そのような岩塊は堆積物の調査などから水平面内での回転が卓越しており、上下の反転は見られず(三村・他,1982)、転がり落ちているわけではないと考えられる 。


図1 1980年5月18日午前8時32分にセントへレンズ山で発生した岩屑なだれの模様。Keith Ronnholmによって撮影された連続写真(Voight,1981)を動画にしたもの。ただし時間間隔は等間隔でない。

しかし、このような岩屑なだれの見かけ摩擦係数(垂直落差を水平走行距離で割ったもの)は単なる剛体同士の滑りと考えるにはあまりにも低い。 普通の岩石同士の動摩擦係数は0.6程度(Hsü, 1975)であるのに対し、 セントヘレンズ山で発生した岩屑なだれの見かけ摩擦係数は0.09であっ た(Voight et al., 1983)。

では、なぜ岩屑なだれはよく滑るのか?

この問題はこれまでも多くの研究者により議論されており、物理モデルが数多く提案されているが、単独で岩屑なだれのすべての特徴を説明できたものはない(Shaller and Smith-Shaller, 1996)。


粉体層上の動摩擦係数測定実験とその流体力学的考察